キュービックジルコニア(cubic zirconia)とは、立方晶系の二酸化ジルコニウム(ジルコニア)のことで、疑似ダイヤモンドの"人造石"として最も広く使われています。
天然に産する鉱物として知られているジルコニアは常温の安定相である単斜晶系のバデレー石(バデレアイト、baddeleyite)しかありません。
結晶構造の全く違うバデレアイトとキュービックジルコニアは全くの別物です。
というはずだったのですが、、、
んーとですね。名前の順番からすると、「ジルコン」が最初です。で、これを分析したクラプロートが、どうやらこの鉱物は未知の元素のケイ酸塩らしい、ということをつきとめ、この未知元素を「ジルコニウム」、実験で得た未知元素の酸化物を「ジルコニア」と名付けました。— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
ジルコニアはご存じのとおり単斜相が低温安定相なんですが、単斜相だと複屈折が出るので模造石にするとバレやすいし、焼結セラミックスにしても結晶の異方性由来の力学的な弱さが出てしまう。そこに、イットリアや酸化カルシウムを固溶させてやると、高温安定相である立方(等軸)相の結晶ができる。— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
これを、「立方晶ジルコニア」(cubic zirconia)と言います。混ぜ物をして、本来室温で安定相でない結晶構造に、無理矢理座らせてるわけです。ある意味、チョコの結晶構造みたいなものですね。「キュービックジルコニア」の名は、ここからきてます。— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
結晶構造の全く違うバデレアイトとキュービックジルコニアは全くの別物です。
このツイートは2つ間違ってる。
— なかがわ (@maro_collection) November 23, 2016
二酸化ジルコンは天然にも存在してる。天然キュービックジルコニア=バデレアイト。
天然石にはない化学組成、結晶構造を持ったものを合成石とは言わない。人造石という。 https://t.co/WqhPYTCV8M
ツイッターで一部の宝石クラスタが「キュービックジルコニア(ZrO2)は合成石が正解。人造ではないです。二酸化ジルコニウムはバッデレイ石(Baddeleyite)として産出します」と言い始めて、そんなバカな…ということで私を含む鉱物クラスタがいろいろと文献を調べてみたので、ここにまとめておきます。
そもそも合成石(synthetic stone)と人造石(created stone)の違いが宝石学では定義があります。
つまり、天然に鉱物として存在するものを人工的に同じ組成・結晶構造で作ったものが合成石、天然に鉱物として存在しない物質を人工的に作ったものが人造石ということです。
二酸化ジルコニウム(ジルコニア)の鉱物としてはバデレアイトしか記載されていないので、キュービックジルコニアは人造石になるはずなのですが、これはどういうことなのか…??
Chudoba, K., & Stackelberg, M. V. (1937). Dichte und Struktur des Zirkons II. Zeitschrift für Kristallographie-Crystalline Materials, 97(1-6), 252-262.
昔の論文なので、微細なインクリュージョンの組成や結晶構造は信頼ならないし、グーグルスカラーでみても2回しか引用されてないようなこんな論文、よく見つけてくるねぇ…
と思いましたが、50年代くらいまではそこそこ引用されていたみたいです。和文雑誌の"地球科学"の以下の記事でも引用されています。
富田達. (1956). ジルコンの放射能効果 (地学団体研究會創立十周年記念号). 地球科学, 1956(26-27), 36-51.
古代文明の論文の話はさておき、現代的にはジルコニアの相はどうなってるのか、私に指名が来たのでちょっと調べました。
僕はジルコンの年代測定をしているだけで、ジルコンの物性はあまり専門じゃないのですが、冥王代研究をしている山本伸次さんから、メタミクト化のなかでジルコンの中に分解したSiO2とZrO2ができるとは聞いてました。
ハードディスクに保存されてた論文がこれ↓
Palenik, C. S., Nasdala, L., & Ewing, R. C. (2003). Radiation damage in zircon. American Mineralogist, 88(5-6), 770-781.
放射線のダメージでジルコンのなかにZrO2のナノパーティクルができることを透過型電子顕微鏡(TEM)写真とともに報告しています。
ナノパーティクルなので、結晶構造をもたないアモルファスのジルコニアのようです。バデレアイトですらないし、決してキュービックジルコニアではない。
そして先の論文の引用から以下のNatureに行きつきました。
Meldrum, A., Zinkle, S. J., Boatner, L. A., & Ewing, R. C. (1998). A transient liquid-like phase in the displacement cascades of zircon, hafnon and thorite. Nature, 395(6697), 56.
そこに書いてあったのが…
なんとテトラゴナル!すなわち正方晶系の二酸化ジルコニウム(ジルコニア)が生じるということでした!
とはいえ、これは人工的に加熱をしてみた実験で、"テトラゴナルジルコニア"は天然の鉱物としては記載されていません。
初心に帰ってジルコニアの相図をちゃんと調べてみるとこんな感じです↓
純粋なジルコニアでは2300 ℃近いとんでもない高温にならないと、キュービックにはならないことがわかります。
現在の地球では、高温の玄武岩質マグマでも1200 ℃くらいしかありません。
Scott, H. G. (1975). Phase relationships in the zirconia-yttria system. Journal of Materials Science, 10(9), 1527-1535.
が、稀になるんですねぇ、そんな高温に!
この論文では、3800万年前頃にカナダに落ちた隕石によるMistasin craterのインパクトメルト内のジルコンの溶融リムの観察をしています。
中央部のオシラトリー累帯が見えるところがもとのジルコンの姿を保っている部分で、周りのウニョウニョしてるところがインパクトで溶けかかった部分です。 このウニョウニョの観察をしたのですが、ダイレクトにキュービックジルコニアが見つかったのではありません。
ジルコニアはすでに安定相のバデレアイトとして結晶化してしまっていますが、電子線後方散乱回折法(EBSD)による結晶方位から、もともとキュービックジルコニアであった時期が存在するということを発見した論文です。
地質温度計として2300 ℃を超えるような状態を保持する鉱物はなかなかないので、このキュービックジルコニアの痕跡は今後の地質研究に大きなインパクトがあるかもね、というおはなしになります。
余談ですが、この論文の著者らはオーストラリアのカーティン大学のグループで、最近のジルコン研究や冥王代研究、大陸地殻成長研究などでかなり勢いのあるグループです。
共著のCavosie教授は昨年のゴールドシュミット(地球化学の国際会議)で私のメンターでした。 彼は2016年のゴールドシュミットでは"A Search for the Wildest Zircons in the Solar System."というセッションのオーガナイザーの1人で、"変態ジルコン"をよく見つけている人達です。 Cavosie教授は人物としては変態的ではなく、とても紳士的なイケオジサンでした。
最後になりますが、ジルコニアはすばらしいセラミックスです。
古い宝石学会誌の用語定義は、これらの和訳に相当してます。 pic.twitter.com/NcJxNSxqNl— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
つまり、天然に鉱物として存在するものを人工的に同じ組成・結晶構造で作ったものが合成石、天然に鉱物として存在しない物質を人工的に作ったものが人造石ということです。
二酸化ジルコニウム(ジルコニア)の鉱物としてはバデレアイトしか記載されていないので、キュービックジルコニアは人造石になるはずなのですが、これはどういうことなのか…??
どうやら、一部の宝石商業界隈では、下記の1937年の論文をもとにキュービックジルコニアの天然物相当が存在すると思いこんでるそうなのです。わかってきました。— 高橋秀介 (@richoutan) 2019年2月25日
1937年に「ジルコンの密度と構造」というような意味の論文の中で、メタミクト化したジルコン中に等軸晶系のZrO2を見つけたと報告があった。
だが鉱物としての記載はされておらず現在も無いようだ。
しかし、天然にあったとの報に合成キュービックジルコニアと呼ぶようになったと。
Chudoba, K., & Stackelberg, M. V. (1937). Dichte und Struktur des Zirkons II. Zeitschrift für Kristallographie-Crystalline Materials, 97(1-6), 252-262.
と思いましたが、50年代くらいまではそこそこ引用されていたみたいです。和文雑誌の"地球科学"の以下の記事でも引用されています。
富田達. (1956). ジルコンの放射能効果 (地学団体研究會創立十周年記念号). 地球科学, 1956(26-27), 36-51.
これはすなわち、放射線の影響によってZrSiO3 が分解し、ZrO2 と SiO2 に相分離し、この極めて小さい ZrO2 微結晶が立方晶なのだと。しかし、その後、この論文はほとんど引用されてないんですよね。これだけ現在、ジルコン研究者がいるにも関わらず。なぜだろう。てるてる君に訊いた方がいいのかな。
— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月25日
ハードディスクに保存されてた論文がこれ↓
Palenik, C. S., Nasdala, L., & Ewing, R. C. (2003). Radiation damage in zircon. American Mineralogist, 88(5-6), 770-781.
放射線のダメージでジルコンのなかにZrO2のナノパーティクルができることを透過型電子顕微鏡(TEM)写真とともに報告しています。
ナノパーティクルなので、結晶構造をもたないアモルファスのジルコニアのようです。バデレアイトですらないし、決してキュービックジルコニアではない。
Meldrum, A., Zinkle, S. J., Boatner, L. A., & Ewing, R. C. (1998). A transient liquid-like phase in the displacement cascades of zircon, hafnon and thorite. Nature, 395(6697), 56.
そこに書いてあったのが…
"On increasing the temperature to 950 K (zircon) and ,1,000 K (hafnon), a new effect was observed. Above these temperatures, the material decomposed under irradiation into the component oxides: tetragonal ZrO2 or HfO2 þ amorphous SiO2. "
_人人人人人人人人人人人人_
— てるてる (@IWKRterter) 2019年2月25日
> tetragonal <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
キュービックジルコニア vs テトラゴナルジルコニア
— てるてる (@IWKRterter) 2019年2月25日
なんとテトラゴナル!すなわち正方晶系の二酸化ジルコニウム(ジルコニア)が生じるということでした!
とはいえ、これは人工的に加熱をしてみた実験で、"テトラゴナルジルコニア"は天然の鉱物としては記載されていません。
純粋なジルコニアでは2300 ℃近いとんでもない高温にならないと、キュービックにはならないことがわかります。
現在の地球では、高温の玄武岩質マグマでも1200 ℃くらいしかありません。
Scott, H. G. (1975). Phase relationships in the zirconia-yttria system. Journal of Materials Science, 10(9), 1527-1535.
Timms, N. E., Erickson, T. M., Zanetti, M. R., Pearce, M. A., Cayron, C., Cavosie, A. J., ... & Carpenter, P. K. (2017). Cubic zirconia in> 2370° C impact melt records Earth's hottest crust. Earth and Planetary Science Letters, 477, 52-58.キュービックジルコニアが盛り上がってたみたい
— matryosika@クロム (@matryo_sika) 2019年2月25日
乗り遅れたけど、こんなのもありますよ…
Cubic zirconia in >2370 °C impact melt records Earth's hottest crusthttps://t.co/7xwtGJSE3D
中央部のオシラトリー累帯が見えるところがもとのジルコンの姿を保っている部分で、周りのウニョウニョしてるところがインパクトで溶けかかった部分です。 このウニョウニョの観察をしたのですが、ダイレクトにキュービックジルコニアが見つかったのではありません。
ジルコニアはすでに安定相のバデレアイトとして結晶化してしまっていますが、電子線後方散乱回折法(EBSD)による結晶方位から、もともとキュービックジルコニアであった時期が存在するということを発見した論文です。
地質温度計として2300 ℃を超えるような状態を保持する鉱物はなかなかないので、このキュービックジルコニアの痕跡は今後の地質研究に大きなインパクトがあるかもね、というおはなしになります。
共著のCavosie教授は昨年のゴールドシュミット(地球化学の国際会議)で私のメンターでした。 彼は2016年のゴールドシュミットでは"A Search for the Wildest Zircons in the Solar System."というセッションのオーガナイザーの1人で、"変態ジルコン"をよく見つけている人達です。 Cavosie教授は人物としては変態的ではなく、とても紳士的なイケオジサンでした。
ジルコニアは、今やアルミナと並んでファインセラミックスのトップバッターです。機械的特性は靱性硬度ともに極めて高く、化学的にも熱的にも安定で、密度が高い以外、目立った欠点がありません。いろんなところに使われてます。人間の加工強化にも。— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
酸化ジルコニウムの素晴らしさは、貴石としての美しさのみならず、様々な視点で評価されるべきもの。人類がこの世に送り出した、素晴らしい「やきもの」のひとつなのです。— 山猫だぶ (@fluor_doublet) 2019年2月24日
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